イスラエル旅行記の「エルサレム」編です。イスラエルの国際的な首都はテルアビブになっていますが、現地ではこちらエルサレム(Jerusalem)が首都ということになっています。
現地語の発音と日本語でのカタカナ表記はかなりの差があることはよくあります。そこでカタカナ表記することにはたまに抵抗が生まれますが気にすることなく日本語表記で統一しようと思います。
エルサレムは新市街と旧市街に分かれており、聖地とされるのは、エルサレム旧市街です。言わずと知れた、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地です。ヘロデ大王時代のエルサレム神殿の外壁である嘆きの壁や、イエス終焉の地ゴルゴタの丘、イスラム教の第3の聖地「岩のドーム」など、数え切れないほどの聖地がたくさんあります。
ちなみにイスラエルの通貨単位は新シェケル(New Israel Sheqel)というものになります。日本の銀行ではなかなか両替してくれません。以前関空で粘ってみたのですが、円への両替は断られました。
写真は別ページにまとめてあります。
Jerusalem
イスラエル人が首都と主張し続けて止まない聖都。
2月の時点でもう桜が咲いていました。
この世とは思えないほど美しい街。
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エルサレムに向かうため、テルアビブの駅から電車に乗ります。
イスラエルの電車は国有企業のイスラエル鉄道です。
イスラエル鉄道 テルアビブ―エルサレム線
まずはテルアビブの駅から電車に乗って到着、ホテルまでバスででも行こうかなと思いつつバスの運転手さんに質問しまくったところ、
「英語はだめです」
…
どうするオレ。
タクシーを捕まえて、再チャレンジ。
「英語がわかりません」
…
再々チャレンジ。
話せても読めないそうです。
あと、地名がヘブライ語と英語表記が違うようで、「どここれ?」と…
さあここでくたばるわけにはいかない。
地図を差し出してコンビニの店員に聞きまくる。
これは通じた。
「そこのバス停から18番にのってここまで、そしてこっちに歩く。わかったかい?」よしよし、18番ね。
で、乗ってみると、バス停の標識はヘブライ語… アナウンス無し…
どうするオレ…
この街は新市街と旧市街に分かれています。
エルサレム新市街
ひとまず新市街を横目にとりあえず、とりあえず歩みを進める。
人通りの多い交差点でとにかく降りる…
ひとまず昼食をとろうすると、レストランにてセキュリティチェック。
それほど厳しいものではなかったものの、人の集まる場所ではいつテロが起こるかわからないということで、カバンと金属探知機でのボディチェックをうけてレストランへ。数年前にこの近くで市バス内自爆テロがあったらしいので、致し方ないでしょう。
昼食をとった後再々々チャレンジ。
そろそろ言葉よ通じてくれ。
オリーブの丘へ
何人かのタクシー運転手さんに問いかけてみて、若手の人がなんとか通じたみたいでようやく出発。いざオリーブの丘へ。
やっとのことでホテル到着。で、チェックインしようとしたら、
「あのー11日からの予約では?今日は10日ですよ」
…
テルアビブにてエルサレム滞在先のホテルをネット予約したのですが、時差のことが頭に無く、凡ミス。何してるんだオレ。
すかさず 「今日も泊めてもらえますか?」ということで難なく泊まれることに。よかったよかった。
それにしてもこの街は、宝石のように美しい。何人にも犯されざる聖域ということで、いくら戦火に襲われても、巡礼者が減ることは無かったそうです。
さっそく日本でも入った事の無い教会に行ってきました。
入り口のおじさんは一発で日本人だと当ててくれました。
教会で出会ったイスラエル人クリスチャンと友達になりました。
「ユダヤ教徒の中で暮らすのは肩身が狭いよ」と言ってました。
帰りに道端で子供にヘブライ語でナンパされたのですが、
「英語でおねがい」
と言っても通じず(まあキャッチセールスみたいな絡みだったので)、去ろうとしたら、ボールを剛速球で投げてきました。
もちろんかわしました。
ところで、子供に「韓国人ですか?」と聞かれたので、
「日本人ですよ」と答えたら、
「ニーハオ」と挨拶されました。
一応泊まったところは、オリーブの丘と言われるところですが、既に桜が咲いていました。
近所のアラビックレストランで、アラビックサラダを頼むときゅうりとトマトのものすごい量のサラダが出てきてそれだけで胃が破裂しそうになりました。
このMt. of OlivesはイエスがJerusalemに向かう前に留まった所。処刑直前にこの山から町を見下ろし嘆いた所です。
エルサレム旧市街
エルサレムと単純にいうと旧市街地のことを指します。
エルサレム旧市街地に行く途中にホテルの近くの教会に行ったのですが、祈りの文言が各国の文字で壁に記されていました。マタイ6章ですね。
はじめに見つけたのはハングル。そしてぐるぐる回っていると簡体字。
あれ、日本語は?まさか無いのかなと思いきや、祭壇のすぐ横にありました。
この街はアルメニア人区画、クリスチャン区画、ユダヤ教徒区画、ムスリム区画の4つの区画に分かれています。旧市街に入るとかつて争いに争ったユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒がそれぞれの持ち場を持ち、共存しているという奇妙な光景が目に入ります。
この場所を囲む壁はトルコ人が侵略時に建てたり、十字軍が建て増したものもあり、路面は数千年前、ダビデやソロモンの時代からそのままのようです。
行けるだろうということで、ムスリム区画に侵入しようとしたら、なにかの祭事があったようで、ムスリムに止められました。
最後の晩餐の会場や、ゴルゴタの丘、イエスやダビデが使った井戸や、ダビデの頃の神殿の柱、そして嘆きの壁などに行きました。
嘆きの壁
嘆きの壁にて、セキュリティーチェックを順番抜かしした超正統派ユダヤ人が職員と大声で喧嘩してました。
ゴルゴタの丘 聖墳墓教会
聖墳墓教会(せいふんぼきょうかい)は、いわゆる「ゴルゴタの丘」とされる場所で、イエス・キリストの墓とされる場所に建てられている教会です。
岩のドーム
またエルサレム旧市街にはイスラムの第3の聖地と言われる岩のドームがあります。
場所が「神殿の丘」と呼ばれるところのため、「神殿の丘」と呼ばれることもあるようです。
旧市街のゲーセンにて
その後、イエスが十字架を背負い、パリサイ人に罵られながら歩いたという道を一歩一歩踏みしめて歩いてみました。
で、ちょっと寄り道。
「そういえばイスラエルにゲーセンってあるのかな…」
などと思いながら歩いていると、ショーケースらしきものの中に整えられず積まれたマルボロの山…
よーく見てみる。
UFOキャッチャーじゃないか…
まさかの旧市街内で発見。
…
いいのか?
すぐそこは世界中から教徒が訪れる、イエスが最後に歩いた道だぞ… ということで、イエスが十字架を担いで歩いたとされる道のすぐ近くにゲーセンがありました。
もちろん入ってみました。
入ってさらにびっくり。
鉄拳…
一つはさんで また鉄拳…
中にあったゲームの8台中5台は日本のゲームでした。
思わず「鉄拳やないか!」と口にしてしまいました。
すると、鉄拳をプレイしていた現地の少年が
「対戦しようぜ!」ときた。
…
た、楽しすぎる…
もちろん対戦しました。
10年近いブランクがあるのでもちろんボロ負け…
「お前強いなぁ。で、ポンケンってどうやるんだっけ?」
などと、わいわいやってみました。
向かい側にガンシューティングがあったので(これも日本製、それどころか表示も日本語)、やってみた。
すると、さっきの少年の友達が「2人プレイでやろうぜ」ときた。
楽しすぎる!
20代半ばの日本人と10代前半のイスラエル人のタッグが、聖地エルサレムで日本製のガンゲームで遊ぶ。もう一度いう、数メートル先はイエスが十字架を背負い歩いた道である。
「日本のゲームって世界で一番だね」
「今はもっとすごいのあるぞ、これはオレが中学生のときのゲームやぞ!」
などと、迫り来る敵をバンバン打ちながら楽しんでました。
「また一緒にやろうぜ!じゃあな!」
写真は別ページにまとめてあります。
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